殺生石って知ってますか6

妖狐が、遣唐使船で日本に上陸してから約360年後の平安時代後期。坂部行綱(ゆきつな)なる北面の武士が、捨て子を拾いました。それはそれは可愛らしい女の赤子でした。行綱は子宝に恵まれていなかったため、藻女(みずくめ)と名付け、大切に育てました。

藻女は、育つほどに、目を見張るほどの美女に成長していきます。18歳の時から宮中に仕えることとなり、前年から院政を敷いていた鳥羽上皇を、たちまち虜にしてしまいました。

皇后に皇子誕生の祝宴の夜、風が吹いて、灯火が全て消えました。その時に、藻女の身体から不思議な光線が発して、周囲を明るく照らしたと言います。これでますます上皇は、藻女をお気に入りになり、以来、藻女は、玉藻前(たまものまえ)と改名しました。

いくらのぼせていても、この辺りで「ちょっとコイツ、おかしいな」と気付いて欲しいものですが。

ja.wikipedia.org – 玉藻前. 出典: フリー百科事典『ウィキペディア

 


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