殺生石って知ってますか5

さあ、いよいよ金毛九尾の狐が日本に来る時が来ました。

時は西暦753年だから奈良時代。若藻(わかも)という16、17歳の美少女に化け、彼女に惑わされた吉備真備(きびのまきび)の計らいによって阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)、鑑真和尚(がんじんわじょう)とともに第十二回目の遣唐使船に乗船。嵐に遭遇しながらも博多に到着したといいます。一説では、物見胡散で、つい船に乗ったら、出港してしまった、という話も・・・日本に到着するや、たちまち姿を消しました。

20090324‑kibi12.jpgkurashiki-tabi.jp 500×332 – 吉備真備(きびのまきび 

ここから妖狐と岡山との関連が出てきます。吉備真備は岡山県の倉敷市真備町出身。学者であり、俗説ではあるが片仮名を創設した人物とも。菅原道真と並び称される天才とも言われています。さらに一説では陰陽師で、安倍晴明の先祖という話がある人物です。

それにしても陰陽道に長けた人物が、妖狐にたぶらかされたというのは情けない。また、鑑真和尚ほどのお人までいたのだから、狐の姿を看破するとか、調伏するとか、できなかったものですかねえ。きっと乗った船が違っていたのでしょう。なお、阿倍仲麻呂は途中の嵐が原因か、船が難破して、日本には到着できなかったとされています。

 


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