時戻りの曲賽(博奕とイカサマ2)

明和の頃(一七六〇~一七七〇)、江戸に、六趣斎音吉という詐欺賽づくりの名人がおりました。この人の作る詐欺賽は、どこにも種や仕掛けが見つからないうえに、丁半自在に操れるという優れたものでした。

音吉の腕前を独占すれば、儲けは思いのままです。ですから、幾多の博徒の大親分から、専属で働かないか、と、大枚を積まれました。しかし、音吉は、全て断っていました。

ある日、音吉は、両国で、鬼船俊次という親分に、ひどい目に遭わされた挙げ句、無理矢理、、詐欺賽づくりを約束させられました。

後日、音吉は、約束を守って、できあがった詐欺賽を納めます。この詐欺賽は、見事なほどの働きをして、鬼船親分を大喜びさせました。

ところが、一年ほど経つと、どうしたことか、当たり前の賽子になってしまったのです。音吉は、極めた技で、鬼船親分に仕返しをしたのでした。

以上、その道に伝説として伝わる、究極の詐欺賽「時戻りの曲賽」の一説でございました。


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