宮沢賢治が、「勉強」について、こんな詩を書いていた。

社団法人全国農村青少年教育振興会の「農村青少年 先進地農家留学研修生の手引き」という本の冒頭に掲げられている詩です。
特に中盤から終わりに掛けて、ぐっときました。
「どこまでのびるかわからない」なんて、いい言葉です。
仕事でも、よく似た場面があります。ああ、もう少し時間があれば・・ぐらいに思っている時が、結構、量的にも質的にも良いものが残る。
ただ、純粋に「勉強」の面だけ捉えると、この詩には、相容れないところもありました。義理で教わる勉強でも、学ぶ者の心で、意味は大きく変わるから。
そんな屁理屈を捏ね回していても、つい詩を書き取ってしまいたくなる(^_^)・・・やはり偉人は凄いですね。

これからの本当の勉強はねえ
テニスをしながら商売の先生から
義理で教わることではないんだ
きみのようにさ
吹雪やわずかの仕事のひまで
泣きながら
からだに刻んで行く勉強が
まもなく ぐんぐん強い芽を噴いて
どこまで のびるかわからない
それがこれからの
あたらしい学問のはじまりなんだ
宮沢賢治


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