女刀工「おげんさん」の鍛冶場跡を訪ね、赤面。

江戸時代後期、備中国東江原(現在の岡山県井原市東江原)に、我が国の歴史において、唯一の女性刀工・大月源(おおつきげん)がおりました。

今回は、この「おげんさん」の御子孫である大月家を訪ね、「おげんさん」について、いろいろと教えてもらいました。同行頂いたのは、国重刀工の里巡りの時に御案内をして下さった吉備路ボランティア観光ガイド協会の大月基司さん。

まずは、「おげんさん」の住居跡の碑です。「刀工女国重」とちゃんと書いてありますね。国重と言うのは、刀鍛冶の流派である国重派を意味します。

隣のお地蔵さんのような石は、万人講(ばんにんこう)。農家で飼育されていた牛馬の供養碑です。

 

 

万人講の横に回ると、右側に「大月源造」と彫ってありました。

「なるほど、「おげんさん」が造って奉納したんだな」と思っていたら、御子孫の方に笑われてしまいました。

 

実は、大月源造(おおつきげんぞう)さんという、ちゃんとしたお名前だったのです。要は別人。造られた時代も明治とのこと。あちゃー、恥ずかしい。


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