和算の神様

幕末に、「作州で和算を語るな」という言葉がありました。美作国は田熊(たのくま)に住む「算仙(和算の神様)」中村周介と、弟子の中村嘉芽市(かめいち)の名が広く知られていたことを示すものです。

今回は中村周介についてのお話です。ある日、門弟の一人が周介を困らせてやろうと思い、「先生は算盤(そろばん)があれば、何でも分かるとおっしゃる。では伺います。先日、家に六歩(ろくぶ。乞食)が参りましたが、この六部は本物か偽物かどちらでしょう」と尋ねました。

周介は算盤を持ってこさせ、「まず1反6歩(いったんろくぶ。面積で、今の10.6アールに相当)と置け」と、命じます。続いて「ところで、最近は不景気で、物貰いも食に困っておるだろう。その六部とやら、痩せておったのではないかな」と門弟に聞きました。

「はい、さようで」と、門弟が答えると、「そうか、「痩せとる」なら、1反6歩から8畝(やせ。面積で今の8アールに相当)とるのじゃ。残りはいくらかな」と訊ねるのです。

門弟が、首をひねりながら、「はい。2畝6部(にせろくぶ。2.6アール)でございます」と、答えると、「それみろ、偽(にせ)六部と出たではないか」と笑ったとか。

という案配で、なかなか頓知の利いた先生だったようです。

 


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