千石坂の名の由来は?

津山城の冠木門に向かう道の途中に、ひっそりとある千石坂。

50mほどの急な坂で、下れば、津山の中心街を南北に貫いている鶴山通りに、行き当たります。

それにしても「千石坂」とは? 名前の由来を調べようとして、横関英一著の「江戸の坂東京の坂」を開いてみましたが、江戸には、同じ名称の坂はなく、参考になりませんでした。

そこで、推定をしてみます。この坂の両側、あるいは下ったところには、当時、武家屋敷が固まっていました。城のすぐ近くなので、高い役職の家人がいたと思われます。

津山松平藩の時代に名付けられたとすれば、家老クラスの俸禄が千石程度(中には、千石ジャストの家老もいる)なので、この坂の周囲に、家老の屋敷があったから、こうした名称になったのではないでしょうか。

ちなみに津山森藩の時代では、年寄クラスが千石相当の役職でしたので、その時に名付けられたとしたら、年寄クラスの屋敷があったのかもしれません。

以上は、想像なので。ご存知の方がおられたら、教えて下さい。

 


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