作家の本棚15「自白」ジョン・グリシャム著 新潮文庫

img003洋書にしては、冒頭からすっきりとして読みやすい印象がありました。
最重要人物ボイエットが、主人公の牧師キース・シュローダーを尋ねてくるところから物語は始まります。初老に見え、杖を突き、いかにも癖のあるボイエットに最初に応対したのがキースの妻デイナ。作者は、上下巻にわたる長い作品の最初に、終局近くで読者の心胆を寒からしめる伏線を張るのです。

物語は、冤罪囚の死刑執行を巡って、どうしても執行したい警察、検察、行政側と、阻止したい弁護士側との遣り取りの中で進んでいきます。被害者の死体すら見付からぬまま殺人の罪を着せられた黒人青年の死刑執行まであと数日しかありません。
登場人物の言動や態度に腹を立て、ときに希望を感じ、さらには苛つくなど、場面場面でこれでもかと感情を揺さぶられました。まさにページを捲るのがもどかしい内容で、最近はほとんどが就寝タイムとなっていた列車での通勤時に目が冴えて冴えて・・・・。

いよいよ終わり頃になって、「これか」と思わせる展開になりかけます。著者の秘めた意図を知ると、してやられた気までしました。ネタはばらせませんが、凄いの一言しか言いようがありません。

しかし……しかしです。なぜか著者は、驚愕の流れの直前まで導きながら、それを活かさぬまま、話を終焉まで運んでしまうのです。平茂寛には理解しがたい展開でした。もっとどきどきできるはずでした。もっと読者と主人公側を奈落の底に突き落として苦しめる絶好の展開が設定できそうでした。なのに、なぜ?
ともあれ、終局前までの展開には、じゅうぶん過ぎるほど楽しめました。最後のがっくりを補って余りあるほど。やはり世界の巨匠は違いますね。

なお、本文とは直接関係がありませんが、著者あとがきに非常に興味深い一言が添えられていました。
「わたしが執筆のための調査活動をきらいつづけ、またおりおりに事実を飾ることで心の底から満足している姿勢が変わらないかぎり、今後も事実誤認が消えることはないだろう」
つまり、グリシャムは現地取材をしない主義なのです(今回は刑務所を訪問したようですが)。にも拘わらず、こんな臨場感溢れる作品を著せるなんて。しかも事実誤認を宣言するとは、なんという正直さ? 傲岸さ? 作家スタイルとして、大いに興味を惹かれます。


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