第七章 槌を振れ 5 (8月14日の投稿から連載している小説です)

ふと気付くと、周介が眉を寄せ、はらはらと早い呼吸を繰り返している。
「先生っ! 大丈夫でございますか」
今にも息が止まるのでは? 師の顔を改めて正面から見ると、以前には感じなかった老いを見出し、胸を衝かれた。
頬の肉が落ち、頬骨の形が露わになっている。ぽっちゃりと肉を湛えていた身体さえ、枯れ萎れたように思える。
はたと思い当たった。周介は、嘉芽市の算法離脱宣言を忘れてはいない――と。
それどころか、宣言から一年の間、身が痩せ細るほどの辛苦を味わっていたのだ。
最も情熱を持ち、持てる智を注ぎ込んだ愛弟子が、算法との絶縁を表明した。考えてみれば、周介にとって、これほど辛い出来事が他にあろうか!
嘉芽市は、つくづく、己の愚かさを知る。
振り返れば、不遜な態度を繰り返す嘉芽市に、周介は、助太刀を幾度も、してくれたではないか! 身を削り、命を賭し、手を尽くし、渾身の力をもって、嘉芽市を守り続けた。
愛情と期待には報いねばならない。しかし、算法を捨て去る決意もまた固かった。
周介の依頼に応ずるべきか? あくまで算法と決別するのか?
両者の激しい鍔迫り合いが始まった。


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