第八章 亀、走れ! 5 (8月14日の投稿から連載している小説です)

嘉芽市の動転はなかなか収まらない。
「これは何かのお間違いでは? 左京様は、武を用いようとする御同朋をお諫めになっておられた。ために、今は、御命を狙われておる御立場のはず」
左京は、色白の顔に酷薄な笑いを浮かべた。
「鈍い奴め、まだ、わからぬのか? 拙者は、「普請を不首尾に終わらせて欲しい」と申したであろうが。さもなくば、血が流れるとも警告したはず。せっかくの温情を汲み取らず、お前は愚かにも普請を続けた。なれば、刀にものを言わせねば致し方なかろう」
嘉芽市は、頭の混乱をなんとか収めようとする。
第一印象の好感度が高すぎて、本性を顕した左京の実像を、なかなか受け容れ難かった。
「では、杭を動かしたり、飯場や鍛冶場に火を着けたのも……?」
「いかにも。拙者の命によるものよ」
左京は、目的達成のためには手段を選ばない、狂気じみた冷酷さを持った男なのだった。徹底した冷血が故に、熱気溢れる好人物を演じきれたのだ。
長い睫毛を、二度三度、はしはしっと動かすと、左京は狡賢そうに目を細めた。
「それにしても、杭の移動をよく見破ったのう。褒めておこう。だが、気付くのが遅かったようだな。邪魔な陣屋の役人どもは去った。今日こそは覚悟せよ。数馬殿も、嘉芽市と一緒に死んで頂くとしよう」
続けて、人夫どもを見回して、薄目の唇を小刻みに動かす。
「ささ、早くここから出て行け。お前らには用がない」
蒼くなった人夫どもは、左京の言葉を聞き、今にも逃げ出そうとしている。自分たちだけは助かるものと、信じているようだった。
だが、左京には、人夫どもを生かしたまま逃がす気など、さらさらないはずだ。
安心させ、自ら刀刃の間合に入って来るよう仕向けているだけなのだ。
隧道の中で全員を葬れば、首謀者が露呈する危険がない。つまり、顔を明かした時点で、左京の腹は決まっている。
「皆、聞いたら駄目じゃぞ。離れたら、確実に斬り殺される」
嘉芽市は、動揺する人夫どもを、一生懸命に宥めた。
声の余韻と入れ替わりに、たたた、と、草履の底で板を叩くような音が、隧道内に響いた。
すると、小さな人影が、侍どもの間を後方から突き抜け、嘉芽市の足元に転がり込んで来た。
「早う逃げて! もうすぐ、川の水が穴の中に入って来る」
サキだった。嘉芽市の足元で、はあはあと息を荒げている。
自らの命を捨てても構わぬ覚悟で、危機を報せようと、隧道に飛び込んで来たのだ。


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