第五章 普請始まる 6 (8月14日の投稿から連載している小説です)

鍛冶場の中に入ると、噎せるような熱気が全身を包み込んだ。同時に、棘の立った空気が、肌に突き刺さる。
一人として、嘉芽市に顔を向ける小鍛冶はいなかった。気付いているはずなのに、あからさまに無視している。無機質な槌音が、耳を劈くように続いていた。
嘉芽市は、胸を反り返らせて威勢を示し、鍛冶場の中を見回す。
小鍛冶どもは、麻地の素襖の下に指貫(さしぬき)という出で立ちだった。着古した素襖の生地は、鉄屑と煤でぼろぼろに汚れている。
ぱちぱちと火炉(ほど)の炭が鳴り、橙色の短い炎を立ち上げていた。火炉は、一人に一つづつ宛がわれている。小鍛冶によって、好む火の加減が異なるためだ。
一際大きな槌音が一発響いた。すると、音を合図に、小鍛冶ども全員の動きが止まる。冷え冷えとした四本の視線が、嘉芽市の顔に集まった。
「何用でございますかな?」
研ぎ場で背を丸めていた小鍛冶の一人が、訝しげな目を覗かせる。
「そのほうらで、賊に心当たりはないのか?」
「存じませぬなあ。鑿を盗られて、僕どもが一番迷惑しとりますらあ」
小鍛冶は、皮肉めいた口調で答えた。青二才の庄屋の小倅なんぞ――と、舐めてかかっている態度が見え見えだ。
顔を見るだけで、脛に傷の一つや二つはある者だと分かる。
鋼を叩く音が、再び五月蠅(うるさ)く鳴り始めた。嘉芽市には、ぎんぎんと響く音が、ふてぶてしく耳に障る。
ここで引き下がっては、いよいよ舐め切られ、今後の普請にまで影響する。喉の奥が乾くのを感じつつ、小鍛冶どもに問い質した。
「昨夜、一番最後まで、ここにおった者は誰じゃ?」
小鍛冶どもは、槌打ちの手を再び止め、むっつり黙り込んだ。お互いを疑心で探り合っているのか? あるいは、全員が息を合わせているのか?
「何故、黙っておる? 申さぬかっ!」
「……僕’(やつがれ)でございますら」
刃物を思わせる鋭い目をした男が、名乗りを上げた。いつ、一悶着起こしてもおかしくない、危ない顔付きの男だ。
「昨晩は、宵五ツに上がりましてな。そん時は、ちゃあんと鑿はありましたで」
しらっとした顔で答える。
槌打ちが再開された。金属音が一際高くなる。蝉時雨(せみしぐれ)のように次々と鳴り響き、頭が痛くなるほどだ。
小鍛冶どもは、皆、一癖も二癖もありそうな連中だった。これ以上の長居には、身の危険がつきまとう。
片や、小鍛冶どもを、いくら追及したところで、糠の粉の一粒も出そうになかった。
「何か思い当たる節があれば、直ぐに儂に報せよ」
嘉芽市は、踵を返し、鍛冶場を出ようとした。
その時だった、背を貫き通すような視線を感じたのだ。
振り返り、鍛冶場の中を見渡したが、小鍛冶どもの様子に、何ら変化は見えなかった。
嘉芽市は、黙々と作業を続ける男たちを、睨み据えた。
この中に〝強硬派〟の者が紛れ込んでいるのでは……。


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